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ゴッホとゴーギャン展

上野の東京都美術館で開催中の『ゴッホとゴーギャン展』に行ってきました꒰✩’ω`ૢ✩꒱


今に始まったことではないのですが、この記事は「読んでもらう」というよりも、「自分の記録」として書いているので長いです。読みにくいので、セクションごとに分けますね。





✧行く前に…

この展覧会が開催されると知ったとき、これは絶対行かなくてはと思っていました。



というのも、
前に読んだ小野ほりでいさんのゴッホとゴーギャンの漫画が大好きだったから(◞≼◎≽◟◞౪◟◞≼◎≽◟)

これ、ほんとオススメ。すき。


✧音声ガイド

今日は気合いが入っていたので、音声ガイドも借りました!

なんと、ゴッホ役が小野大輔さん(代表作:『黒執事』セバスチャン)、ゴーギャン役が杉田智和さん(代表作:『銀魂』坂田銀時)ですよ!大人気声優さん!御二方とも好き\(^o^)/💖💖笑
小野ほりでいさんに続き、小野Dの話をする私って…笑



✧全体的な感想

小野ほりでいさんの漫画を紹介したことでおわかりの通り、私はゴッホとゴーギャンの友情を知ることを楽しみに行ったのですが、思ってたほどは関わってくれていなかったですね



美術展を回っているときの私の頭の中を簡単に纏めると…


(*゚▽゚*) oO(ゴッホとゴーギャン、別々の場所にいる!)

(*゚▽゚*) oO(無関係)

(*゚▽゚*) oO(無関係)

(*゚▽゚*) oO(無関係)

(*゚▽゚*) oO(出会ったー!!!)

(*゚▽゚*) oO(小野Dの爽やかな声で「そうだ、ゴーギャンと一緒に住もう」キター!!)

(*゚▽゚*) oO(ゴッホ、南仏アルルに到着!)

(*゚▽゚*) oO(ゴーギャンまだ来ない!)

(*゚▽゚*) oO(ゴッホの昂揚感がパない!楽しそう!ゴーギャンまだかな)

(*゚▽゚*) oO(ゴーギャンまだかな まだかな…)

(*゚▽゚*) oO(ゴーギャンきたー!!)

(゚д゚*;;;) oO(ゴッホのはしゃぎっぷりと反してゴーギャンが冷静…えええええゴッホ耳切ったああああ!!!!)

( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ ) oO(即同居解消。。ゴッホおおおおお!!!!)

(。´Д⊂) oO(ゴッホの死後にゴッホを想うような絵を描き続けるゴーギャン。ツンデレかよ…)

すごい頭悪そうな纏め方でごめんなさい(◞≼◎≽◟◞౪◟◞≼◎≽◟)


でも、きっと行った方は共感してもらえると思う。ほんとにこんな感じでした。
展示数も多くなかったし、さらーっと描かれすぎて、ゴッホが何故耳を切る過程に至ったのかよくわからなかった。よくわからなかったけど、精神が錯乱してしまい、大好きなゴーギャンとの同居がすぐ解消されてしまったことを思うと泣けた。。!(^ω^三^ω^)
うーん、大好きすぎる人とは上手く行かないってことなのかなぁ。。
展示数に関しては、デトロイト美術館展の方にもあるからっていうのもあるのかなぁ。。?


同居期間も意外と短すぎて。
でも、後にゴーギャンが、ゴッホと生活していた数ヶ月間のことを、一世紀のように感じたと言っていて、ちょっと嬉しかったです。それだけ濃い時間だったってことよね。



耳に入った、他のお客さんの「やっぱりタヒチに行ってからがゴーギャンらしいな」「ゴッホはパリに行ってからだね」という会話が印象的だったのですが、私は今回、こうやって年代ごとに見て行くことで、自身のスタイルを確立するまでの過程を見られるし、人間らしさを感じました。ゴッホやゴーギャンに影響を与えた人の絵、逆に影響を与えた絵など、とっても興味深かった!




✧印象に残ったこと

私が特に印象に残ったのは、1888年に南仏アルルに着いたときのゴッホ。ゴッホは日本に憧れていて、アルルに着いたときに「まるで日本みたいだ!ゴーギャンもきっと気に入るに違いない!」と思ったそうです。可愛い。
ゴーギャンが到着する前に、「そうだ!」と思いついて、弟で画商のテオにお金を借りて家具を用意するゴッホ。可愛い。でもテオの苦労もちょっとは慮ってあげて
小野Dのキャラ設定なのか何なのか、私は「ゴッホ=まっすぐで可愛い」みたいな印象でした。ひげ面なのに。実際どんな声で、どんな喋り方だったのかなあ。


新しい土地、色彩豊かな土地で、気分が高まったゴッホは、絵に対してたくさんの試みを繰り返していたように私は感じました。1888年初期のゴッホが楽しそうで、とても愛しい。突然厚塗りの絵を描いてみたり、かと思ったら「なにこれ?」みたいな(失礼)スタイルの、見たことないような絵を描いてたり。

例えばこれは『ある男の肖像』(1888)という絵なのですが、こんなの見たことない気がする。忘れてるだけかな?どうかするとピカソとかの方面に行っちゃいそうじゃない?
私のゴッホのイメージと違う。

絵からも伝わる楽しい充実した気持ちからの転落が激しすぎて、ゴッホのことを考えると悲しくて、私ちょっと泣いてしまいました。悲しかった、とても。



もうひとつ印象に残ったのは、肖像画
肖像画って、今まで「記録」みたいなイメージで、特別好きではなかったのですが、今回肖像画も楽しいものだな、と感じました。人の姿を描きつつ、現実にはないものも一緒に描く。例えば背景をカラフルにしたり、実際にはない月や星を描いてみたり。肖像画が、すごくデザイン的なもの、夢のあるものに変わって行った気がする。現在ではそんな真新しいことではないけれど、当時としては革新的だったんじゃないかなあ。「現実」と「空想」の融合というか…
この人の顔色気になるなあと思ったら、ほんとに青白い顔の人だったらしい。そこは忠実なんかよ、と心の中で突っ込んでしまった(^ω^三^ω^)
『恋する人』(1888)

このタイトルめっちゃ恥ずかしいな……


ゴッホの絵はそこに留まらなくて、今度は、身近な物を描いていく。例えば下図の作品も、一見すると普通の静物画なんだけど、どれもゴッホの身近なものを描いてあって、これもある意味、「ゴッホの自画像」ということになるらしい。なるほどなあ〜…
『タマネギの皿のある静物』(1889)



見えないものを見ようとしなくちゃいけないのね。
この考え方でいくと、『ゴッホの椅子』『ゴーギャンの椅子』も二人の肖像画になりますよね。ロマンチックな話だなあ(*´ω`*)


ゴッホを想いながら、ゴーギャンの肘掛け椅子に座ってきました、私は…笑



✧おすすめ作品

ここからは、私が印象に残った作品を少しだけご紹介!

ゴッホ『一足の古靴』(1886)

ゴッホの絵はもともと灰色っぽくて、暗い色ばかりを使っていたみたい(・ε・)
『ひまわり』などの色彩豊かなイメージは、パリに行って、モネなどの絵に出会ってからということを知りました。

この時期は、農民を描いていたミレーに共感して、働く人々の絵をたくさん描いていたみたい。前述の肖像画の話を持ち出すと、これも肖像画のひとつだよね。物が語ること、物に宿る生命。

全体的に暗い色合いなんだけど、色の鮮やかさが少ない分、逆に明暗がはっきりして、明るさがあるというか、技術的にはきっとかなり複雑なんだろうなあと思いました。春にニューヨークで、ホロヴィッツの最後のお弟子さんというハリム先生のマスタークラスを受講したのだけれど、彼の「単純な物ほど複雑なんだ!」という言葉を思い出しながら鑑賞しました。

ヤン・フェルカーデ『水差しと3つのリンゴ』(1891)
ゴッホとゴーギャン展 - 【作品紹介33】 ヤン・フェルカーデ 《水差しと3つのリンゴ》 1891年... | Facebook
モーエンス・バリン『椅子の上の水差しと洋梨』(1890-92)
ゴッホとゴーギャン展 - 【作品紹介32】 モーエンス・バリン 《椅子の上の水差しと洋梨》 1890-92年頃... | Facebook
画像が見つからなかったので、公式Facebookページから。ゴッホの影響力を感じた!


ゴッホ『グラスに生けた花咲くアーモンドの小枝』(1888)

これ、小さな作品だけど、とても好きだった!
構図や描き方など、浮世絵の影響がとてもあるみたい(^q^) ゴッホがアルルに着いたばかりで、とてもウキウキ気分の中の作品…笑


シャルル・アングラン『セーヌ川、朝』(1886)

これ好き。変わった構図。
ゴッホも気に入って、アングランに自作の絵との交換を申し出たんだけど、叶わなかったらしい。
ちなみに、ゴッホの描いたセーヌ川はこちら。全然違う。
ゴッホ『ボートの浮かぶセーヌ川』(1887)



ゴーギャン『紡ぐブルターニュの少女』(1889)

空にいる天使は剣を持っていて、少女は仏像のような手の形をしている不思議な絵。でも、手の形は糸を紡いでるからじゃないの? 勿論、それはそれで不思議なんだけど、この少女はどうしてこんな表情をしているのだろう?誰が見てもやばい顔してるよʕ•̫͡•ʔなんなら少女にも見えなくないですか?? 私はそれがすっっごく気になったのだけれど、そこに対しての解説は何もなかった。知ってる人がいたら教えてください。


ゴッホ『若い女の肖像』(1890)

本当は、背景は鮮やかな赤だったらしい。光によって絵の具が落ちてしまうことがわかったので、今回の展覧会では光を抑え目にしてるみたい。だけど、私、近くで見てたら反射してよくわからない時があったので、もっと抑えてくれてもいいですけど、と思った。
どんな色だったのかなあと想像しながら見るのも楽しい。背景だけ色落ちすることはないと思うので、服の色やなんかも違ったはず。今は朱っぽい色に見えるけれど、背景が赤ならそこは重ねないだろうし…。きっと今とはまったく異なる色彩の絵だったのね(*´ω`*)
『時をかける少女』の主人公のおばさんじゃないけれど、古いものを復刻するお仕事の人って夢があるなあ。勿論、責任もあるだろうけど。


ゴーギャン『川辺の女』(1892)

原始的(プリミティブ)な世界を求めたゴーギャンが、タヒチで描いた作品。遠近法を無視して、奥の木を大きく、手前の女性たちを小さく描いている、と解説にあったけれど、私は、これは浮世絵の影響なんじゃないかなあと思った。要するに近いとか遠いとかじゃなくて、何をメインに据え置いているか、ということなんじゃなかろうか?


ゴーギャン『肘掛け椅子のひまわり』(1901)

ゴーギャンは晩年、ゴッホを想ってひまわりの絵をいくつか描いている。本作もそのひとつ。ゴッホがゴーギャンのために用意した肘掛け椅子の上に、ゴッホが好きだったひまわりの花が置かれている。ゴーギャンは、タヒチにはないひまわりの種をわざわざフランスから取り寄せたらしい。何それ泣けるんですけどお…(´;ω;`)うっ



✧どうなのよ?


最後に、今回の展覧会でちょっと気になったことを書きたいんだけど、英語の解説少なすぎないですか???

セクションごとには一応日本語と英語で書いてあるんだけど、絵の横に書いてある解説は日本語だけだし、音声ガイドも日本語限定。*1

グッズコーナーですら日本語表記のみで、私外人のお客さんに英語で「日本語読めないんだけど、これはいくらなのか教えてくれない?」って聞かれたもん。Notebookとか、そんな簡単な単語でいいから書くべきだよ!売る気無さすぎでしょ!(^ω^三^ω^)
日本ってこんな不親切な国だったっけ?って思ってしまった。美術館なんて観光客のひともたくさん来るでしょうに。なんだかがっかりだわね。


✧最後に

もっと深く知りたかった気はしたけど、とっても楽しめました(゜∀゜)

4年前にゴッホの本を読んだのに、悲しいかな大分忘れてるところがあったので、また読んでみようかなという気になりました。展覧会後に、忘れてた箇所をパラパラとめくった…笑

ゴッホ―燃え上がる色彩 (「知の再発見」双書)

ゴッホ―燃え上がる色彩 (「知の再発見」双書)


ふたご座流星群が来るのに空は雨模様…(´;ω;`)

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*1:絵のタイトルなどは英語表記もあったけど…